デザインスクールMark Mulligan先生と日本

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こんにちは、デザインスクールの伊藤です。今回は、学校で大変お世話になっているマーク・マリガン先生にインタビューをしました(2016.2.16)。

デザインスクールでは様々なクラス・スタジオで日本の建築(伝統建築だけでなく現代建築も)が言及されていますが、マークはその中でも「Innovative Construction in Japan」という授業を毎年教えて、今年で16年目になります (わたしは昨年・今年とTAをやらせて頂いています) 。デザインスクール卒業後に日本で建築家として実務経験を積み、その経験と学生とのコラボレーションを積み重ねてたいへん面白い授業を展開するマークから、興味深い話を伺えました。インタビューは30分程度でしたが、文字に起こすと長いものですね・・・せっかくなので載せます。日本と建築デザイン・日本とデザインスクールのつながりを、いくらか紹介できていれば幸いです。

1-来日 / 槇事務所 / 現場と日本語

Tamotsu (T): 今日はよろしくお願いします。早速ですが、そもそもの来日のいきさつから話を伺いたいと思います。

Mark (M): 私はデザインスクールを卒業後すぐ、1990年に東京の槇文彦さんの設計事務所で働くために初めて来日しました。実は槇さんのことは建築の勉強を始める前から知る機会があって、それは父からもらった建築の本を通じてでした。父はその本に載っているどの建築家も知らなかったと思いますが、そこでは槇文彦、黒川紀章、ノーマン・フォスター、リチャード・ロジャースが世界レベルの若手建築家として特集されていて(70年代末の話です)、私はその中でも槇さんのプロジェクトが好きになり、以来、彼の作品を追いかけていました。私が学んだ80年代後半のデザインスクールでは、磯崎新がポストモダン建築の旗手としてロサンゼルスとフロリダに作品を完成させてハーバードでも大変人気でしたね。それに高松伸の熱心なフォロワーもいました。フロリダ大学から来た友人は高松さんの自動車・機械のような精巧なデザインとドローイングに心酔していました。

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槇文彦-スパイラル
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ノーマン・フォスター-セインズベリー視覚芸術センター
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磯崎新- ロザンゼルス現代美術館

T: 高松さん!

M: そうそう。彼のスタイルは好みと違いましたが、わたしも彼の作品とディテールのすごさを通じて、正確・精巧な日本のクラフトマンシップを感じました。というわけで、日本に行く動機は沢山あったんです。1990年に卒業していざ働くことを考えたとき、当時アメリカには面白いと思える仕事があまりなかったんです。在学中に6ヶ月インターンしたスイスでの経験がとても良かったこともあり、アメリカ以外で働いてみようと決心しました。それで槇事務所が自然に思い浮かんだのです。当初は1-2年のつもりで契約をしたのですが、そこで建築家として得られる経験は素晴らしいものだったので、結局6年お世話になりました。

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高松伸のドローイング

T: 槇事務所では「東京キリストの教会」を担当されましたね。

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マークが担当デザイナーの一員を務めた東京キリストの教会-外観

M: 大プロジェクトである東京キリストの教会には約3年携わりました。来日したもうひとつの動機でもありますが、槇さんがPerspectaというイエール大学の機関紙に寄稿したエッセイを通じ、日本の設計者と施工者とのユニークなコラボレーションの枠組みにとても興味があったので、事務所内の基本設計だけでなく、現場常駐して建設の現場に関われたことはかけがえのない経験になりました。槇事務所からは、わたしと戸室令子さんの2人がフルタイムの担当者として常駐し、あとはもう一人、森哲也さんがガラスカーテンウォールのスペシャリストとして半常駐しました。女性と外国人という、当時としてはかなり特殊な担当者配置で、施工担当者は大変だよねと戸室さんと冗談を言っていました。

T: 笑。マークは現場の人と直接日本語でやりとりしたのですか?

M: そう!やはり日本のやり方を深く理解するには不可欠だと感じていたので、日本語は頑張って勉強しましたね。この現場に行くまでには、もう3年近く日本にいたし、日本語の先生にもついて勉強していたし、事務所でも日本語が飛び交っていたので、慣れてはいました。でも事務所の中にいるだけでは、同僚は英語で話しかけてくれたので、実はスピーキングは全然上達していなかったんですね。

それが、英語の通じない現場に入って状況が変わりました。担当スタッフとして建設現場で責任のある仕事をするためには、槇さんのアイデア・意見を素早く、そしてクリアに日本語で伝えないといけません。日本語の先生からは丁寧語・敬語について注意を払いなさいと教え込まれていましたが、でもそれを気にしていたら、全然リアルタイムで意見を伝えられないと気づいたんです。なので文法・敬語が良くなくても一切気にせず、でもクリアに伝えるように自分のモードを切り替えました。そうしたらめきめき上達して、1ヶ月後に久しぶりに事務所のほうに顔を出したら、わたしが日本語で会話するので、みんな「何が起きたの!?」という感じでした笑。

T: なるほど。伝えたいものがあって上達したんですね。

M: そうですね。現場ではみんな真剣勝負で、わたしも伝えたいし、向こうも知りたいと思っている。受け身で言語単体を教えられて習熟度をテストされるというようなやり方よりも、ずっと良い学びの方法でした。今言ったことを聞くと、わたしはちょっとわがままで、とてもハーバードの教授から言われたとは思えない発言かもしれないです。もちろん、日本人 の美しくて洗練された会話の作法はいまでもとても尊敬すべきものと思っている位ですから、本当に敬語は一生懸命勉強したんです。でもスムーズ に会話できるほど得意ではなかった。だから、私の話しかた自体は結果的にすごく率直で子供みたいなものだったけれど、それでも言葉以外のところで丁寧さ、親身さ、また尊敬が聞き手に伝わるようにコミュニケーションできるようになったということです。

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東京キリストの教会-礼拝室

 

2- 施工者との協働 /Innovative Construction in Japan」について

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レクチャーの風景 – この日は明治〜大正の和洋折衷の建築を紹介

T: 施工者との協働の経験が、現在デザインスクールで教えてられている授業のもとになっていますよね。

M: 東京キリストの現場では竹中工務店と協働でき、素晴らしい経験でした。現場監理者・現場監督・若いスタッフが2−3人現場に送り込まれ、また2-3ヶ月の間は竹中の設計部門からもスタッフが派遣されて、防水やその他システマチックな箇所について、品質とデザインの意図を両立するために私たちをサポートしてくれました。日本の施工の枠組みはとても流動的でフレキシブルで、またそれが素晴らしい結果につながるという面白いものです。設計者(建築家)が、すべての部品や工法に専門的な知識を自分自身で持つことは無理だけれど、全体の流れや枠組みを把握して、そしてそれぞれの専門家に相談できれば、良いものを作り上げるための音頭をとれるのです。竹中工務店が設計部の人を場合に応じて現場に派遣することであったり、予算はざっくりと見積っておいて、その予算に応じて現場で最終の工法・デザインが話し合われながら決められたり、といったことでそれが可能になります。これはアメリカに無いやり方です。わたしは今でもそのように現場を進めたいと思っているけれど、アメリカだと色々難しい部分も出てきますね。でも、やはり実際の場所に立って、光の量や空間の大きさを最終決定したいんです。

T: 実物を体験しながら、つくりながら考えてデザインするプロセスですね。

M: わたしの授業で伝えたいことのひとつは、アメリカとは違うそのような枠組みが成立する場所が存在して、そしてその枠組みによって素晴らしい建築が生み出されているということです。「Innovative Construction in Japan」は2001年に始まりました。最初は少人数のセミナー形式だったのですが、3年後に森俊子さんが建築学科長になった際に、レクチャー形式に変わりました。サイズが大きくなって密な会話ができなくなるのが心配だったのですが、逆に良いことのほうが沢山ありました。多様な学生が受講するようになり、また建築プロジェクトをひとつ選んで施工の詳細を分析するクラス課題も、個人課題からグループワークに変わって、より大きな建物にチャレンジできるようになりました。そして夏の間に継続してリサーチプロジェクトを立ち上げ、3Dモデルのアニメーションを作り、そして次年度の授業に加えていくという、授業の内容を発展させるサイクルを作ることができました。そして昨年と今年、あなたがTAをしている2年間は、丹下アーカイブがハーバードにあるのを活かして、丹下健三の原図を生徒が見て、丹下建築の3Dモデルをつくって分析するという素晴らしい課題ができるようになった。これは世界的に見てもとても貴重な経験です。

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クラスで丹下健三のアーカイブを訪問

T: 毎年内容を発展させているんですね。そういえばかなり新しい写真もレクチャーのスライドで見ました。あと、このクラスの延長で代々木体育館(設計:丹下健三)の建設プロセスをリモデルしたビデオ、すごいですよね。https://vimeo.com/46291762

 

M: もうひとつこのクラスで伝えたいのは、世界をより広く見渡せば、普段アメリカ・ヨーロッパ主体の建築の歴史では語られてこなかった素晴らしい建築家が沢山いるということです。わたしは日本に行くまで、丹下健三は知っていたけれど、たとえば前川國男や吉村順三の名前を学校で聞いたことがなかった。でも上野公園を歩いていたら前川さんの東京文化会館に出くわして、そのデザインと施工精度の高さに感動するわけです。これはコルビュジェがチャンディガールでやりたかったけれどもできなかったクオリティだと思いました。普段の歴史のコースでは語られない建築家を紹介することによって、たとえば南米やほかのアジアの国の生徒が、「わたしの国にもこんな建築家がいるよ!」と投げかけてくれる。そうすることで、日本の建築を教えているけれども、クラス全体として、より世界的な視野が広がることも期待しています。

 

3- ライシャワー研との協働

M: もうひとつ欠かせない話題は、ライシャワー研とのコラボレーションです。2003年以来、デザインスクールにおける日本関係のプロジェクトは、ライシャワー研から多くの支援をいただいて、素晴らしい成果につながっています。当時ディレクターだったスーザン・ファー教授 (Susan Pharr — 政治学教授-特に日本の現代政治に精通)と知り合ったのは、私の授業とアンドレア・リアーズ教授(Andrea Leers — 建築学科教授)による日本をトピックにしたスタジオの一環で、日本への2週間の研修旅行を企画しスポンサーをお願いしたのがきっかけです。その旅行は、1週間を京都で、もう1週間を東京で、基本的には今までに建てられた重要な建築を全て訪問するというものです。

T: それは凄まじい企画ですね笑。

M: すごく疲れました笑。でも生徒もとても感動し、たいへん有意義なものになりました。それを実現できたのはライシャワー研とアジア研のおかげです。その成果をもとに、生徒はボストン日本協会の建物を設計するというスタジオ課題に取り組んだのです。日本協会は日本を世界に紹介しようと、オーケストラやアーティストを呼んだり、講演や展覧会を企画したりしている。それを体現する建物として、どんな可能性があるか模索したのです。今、現代のアメリカにつくるわけですから、たとえば、瓦屋根を乗せるといった方法ではないやり方が必要です。

T: 抽象的な日本のエッセンスをデザインに活かすというイメージでしょうか。

M: そうですね。その意味で安藤忠雄の作品や、借景の概念など直接の参考になったようです。そのスタジオの成果は、のちにボストン日本協会に発表しました

その他、ピーター・ロウ教授 (Peter Rowe — 建築・都市デザイン学科教授) と一緒に行った中央区のウォータフロントを考えるスタジオも数年後に行い、ライシャワー研にお世話になりました。

そしてもっとも最近のライシャワー研とのコラボレーションは、GSASのユキオ・リピット教授(Yukio Lippit –建築史・美術史教授- 特に日本の歴史に精通)と共同企画した、大工道具と大工の技を紹介する「THE THINKING HAND」という展覧会です。そこでは竹中工務店の協賛と協力のもと、茶室を原寸でつくりましたし、大工道具を、学生と製作した棚で展示しました。20数年前の現場経験を経て、再び竹中と協働できたのはとても嬉しいことです。

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The Thinking Hand – ハーバードに茶室の作られ方を再現

http://news.harvard.edu/gazette/story/2014/01/the-thinking-hand/

T: この展示はCGISの建物で行われて、デザインスクールではなかったんですね。

M: そうです。会場は個性に欠け、正直なところあまり魅力的ではなかったです。私たちは多くの照明を取り外して、照度を落とし、また小さな空間をつくることで、小さな大工道具に来場者の目がいくようにデザインを考えました。この、光の量と空間の大きさを操作することによって空間の印象を変えるという経験は、準備に取り組んだ学生にとってとても有意義なものでした。最終的にはデザインスクールの建物で普段行うよりも多くの方、ハーバード全体のコミュニティに見てもらえ、アラン学長(Alan Garber- Provost)からは訪問後にメッセージをもらいました。このことに関連しますが、デザインスクールは、ハーバード全体で見て、少し隔てられてしまっているところがあると思います。私が教え始めたころはもっと隔たっていた。それでもライシャワー研との協働を通じ、このデザインスクールがハーバードという様々な専門知識を持った人が集まった総合大学の一部にあるということの良さを徐々に活かせるようになってきたと思います。

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展覧会に合わせ製作されたブックレット

T: この展覧会、ちょうどわたしの入学する直前だったので見られなかったのが惜しいです。残念ながら時間になってしまったので、最後に何かひとことお願いします。

M: 日本人の学生が少ないので、もっと来て欲しいですね。実はハーバードデザインスクールの同窓会で、規模が大きく、また貢献してくれている団体のひとつは東京のデザインスクール同窓会なのです。しかしいまの在学生の人数を見るに、その規模での継続は難しくなっていきそうです。

T: そうなんですか、そんな規模とは知らなかったです。まずは日本の皆さんにもこのポストを紹介してみます。きょうはお忙しい中、ありがとうございました。

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